ぽてかなの私見

「記憶は薄れるから、記録しておくんだよ」「記憶なんて生きるジャマだぜ」

はいふり1話を見ました。

 この記事はネタバレを含みます。それをご了承の上で御覧ください。

 

 

 

 今春より放送開始のオリジナルアニメ

 「はいふり」――改め「ハイスクール・フリート」

 メインスタッフに鈴木貴昭さん*1、吉田玲子さん*2グラフィニカ*3と、ガルパンのメインスタッフが名を連ねているので、私のようなガルパンおじさんは予てより注目していた作品でしょう。

 先日、待望の1話が放映されたので、忌憚なく雑感を述べようと思います。*4

 

 やはり当然ながら、随所にガルパンの影がチラつく作品だなと思いました。2番煎じ、パクリと揶揄する意図はありません。ただ、ガルパンスタッフに惹かれて見始めた以上、何かと比較してしまうのは不可抗力なんです。そういうことにして下さい。

 さて、まずは3DCGから。上述した通り、2作品ともグラフィニカさんが請け負っています。更にガルパンでリードモデラーを担当していた後藤岳 氏が、本作品でもチーフモデラーを担当しています。そのせいか、いや、間違いなくそのせいで、艦船のモデリングはかなり拘って造り込まれています。特にウェザリングのリアリティは瞠目すべきと言えるでしょう。(ただ鎖のCGは少しのっぺりしていて気になります。円盤で修正されるのでしょうか。)あと海面のCGも文句無しの出来。海や河の3DCGは特に手間が掛かるようで、ガルパン6巻BDでは戦車渡河シーンでの苦労話が聞けます。今作品はその苦労を毎度のように背負わなくてはならないので、いや本当にグラフィニカの皆さんが過労死しないか心配です。

 ただ、ガルパン総作画監督 兼 ミリタリーワークスとして活躍なさった伊藤岳史 氏がハイスクール・フリートには参加していないんですよね。これは個人的にかなり残念に思っています。ガルパンの緻密な車内設定や個性溢れるモーション等々は並べて、伊藤先生の妙手の賜物です。*5。彼が「ハイスクール・フリート」に参加した暁には、船内のデティールが桁違いに跳ね上がるのは勿論、キャラクターの芝居にも深み*6が出てくるのは間違いないでしょう。少なからずガルパンスタッフが参加している企画なのだから、どこかで「伊藤先生の力をお借りしよう」という話が持ち上がってもおかしくないと思うんですけどね……。スケジュールが合わなかったのか、制作会社との関係がよろしくないのか。うーん、残念です。

 閑話休題。3DCGだけでなく台詞回しにもガルパンっぽさが垣間見えますね。特に戦艦道シーン*7での、シリアスとコメディが錯綜するハイテンポな掛け合いは、ガルパンそのものです。本作品もガルパンと同じように、細かい台詞回しを積み重ねることで、じわじわとキャラ付けしていく構造なのでしょう。吉田玲子さんは人間関係の微妙なニュアンスをコントロールすることに長けています*8から、キャラクターが30人を超えていようと上手く捌いてくれるはず。(とはいえ今回は艦橋要員と見張り員、それから幼なじみちゃんしか印象に残らなかったけど……。)

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こういうレイアウトで複数のキャラを見せる手法も、ちょっとガルパンっぽい?

 

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士官帽を被った途端に表情がキリッと引き締まる岬明乃ちゃん。透き通るような碧い眼が炯々と光っています。彼女の「攻撃はじめ!」で西住殿の「攻撃開始」を思い出しました。第二の軍神誕生?

 

[追記:2016年4月18日]

 ミケちゃんが「私が艦長で大丈夫かな……?」と口にする*9シーンで、瞳の中を涙が"うるん"と一回転する描写がありましたね。これはガルパンでも何度か見られる演出です。ガルパンと同じように、最初はミケちゃん1人の"うるん"だったのが、最終話付近では皆に"うるん"が伝染しそう。スタッフコメンタリーで自賛されていた演出なので可能性は高いと思うのですが、いかがでしょうか。

 ただ、今作品はガルパンと違って人死のリスクが否定されない世界観なので、それ故にガルパンにはない魅力を感じる台詞回しもありました。すなわち発泡直後の渾名ネタです。このタイミングでのギャグに違和感を覚えた人は少なくないと思いますが、私は寧ろ安心感を覚えました。というのは、出航シーンで突如、人が変わったように矢継ぎ早に指示を出す明乃と淀みなく応えるクルーの皆を見て、もしかして彼女たちは普通の女子高生などではなく、大人顔負けの知識と精神を兼ね備えたプロ集団なのか?これがブルーマーメイドって奴なのか?と疑念を抱いていました。でも実際には、そうでもなかった。非常事態に陥っても即座に意識を切り替えられず、日常の戯れ言を口にしてしまう明乃ちゃん。それに思わず反応してしまうシロちゃん。彼女たちは特殊な訓練を受けたプロではなく、突然の脅威を現実として受け止められず目を逸らしてしまうような、あくまで(知識や技術はともかく精神的には)普通の女子高生でしかない。その事実を、あのシーンで初めて"実感"することが出来ました。あのタイミングでギャグを挟んでくれたからこそ、私は安心して彼女たちを「女子高生の殻を被った軍人」ではなく「艦船の運行に長けているだけの年頃の少女」として見ることができたのです。

 しかし、そんな「いかにも」な女子高生らしいキャラがいるならば、逆に軍人としか思えないような「プロっぽい」女子高生がいてもおかしくない。それが個性というものです*10。見張り員ちゃんは、後者に属する人間ですね。晴風クルーで唯一、着弾と一弾指の間もなく意識を切り替えて、皆に注意喚起をしました。彼女は完全にプロの精神を会得していますね。不安定な足場にも関わらず砲撃を受けても落下しない、あのバランス感覚もおかしい。人間離れしています。それ故に見張り員を任されたのでしょう。うん、いいですね。こんな感じで一人一人の個性をアピールして欲しいです。

 さて、何でもかんでもガルパンに結びつけてしまうのも良くないので、ここからはガルパンとは関係無く感じたことを述べたいと思います。

 効果音や着弾・爆発エフェクト、カメラワークは出色と言って差支えのない出来だと思います。特に手旗信号からの着弾→トラックバック→回り込みの臨場感は最高ですね。そして激しく捲り込む波のうねり。轟く濤声。さすがは演出出身の監督と言ったところでしょうか。やはり奥行きをダイナミックに使った戦闘シーンは迫力が違うんですよね。個人的には1話で最も胸を打たれるシーンでした。ちなみに同じ海モノ繋がりで引き合いに出しますが、アニメ版艦これの5・7話*11も空間を立体的に使った戦闘シーンが楽しめますよ。画面左側から手前に寄り、右側の奥にいる翔鶴の元へ流れる瑞鶴をカメラが控え目にフォローします。あの臨場感が堪らない。個人的に艦これアニメには良い印象が無いのですが、5・7話は正しく鶏群の一鶴と言うべき代物でした。この機会にでも是非見直してみることをオススメします。

 余計な世界観説明や用語解説が無いのは、この作品の美徳だと思います。そういった要素は感情移入の妨げになってしまうので。ブルーマーメイドの標語も「メタ的には視聴者向けの解説だけど、作中では一般的に認知されている文言」という扱いであり、尚且つ、ミケモカの幼少からの繋がりを端的に示すキーワードとして機能しています。これは素晴らしい。

 ただ裏を返せば、説明不足により視聴者と制作の間でコンセンサスが取れず、視聴者を置き去りにしたまま話が進んでいく危険性を孕んだ構造とも言えます。せめてブルーマーメイドが「何から」海の安全を守るのか、倒すべき脅威――すなわち作品としてのゴールを明示してくれれば、自ずと物語の方向性も見えてくるでしょう。今回の1話は掴みに特化した造りなので説明不足でも許されますが、2話か3話で足場を固めてないと視聴者は段々と振り落とされてしまうだろうと思います。しかし間違っても「過度な説明」や「モノローグで解説」といった、お寒い演出は御免被りたい*12。絶妙な塩梅が要求されますが、そこは監督が上手くコントロールしていく必要があるでしょう。

 ここまでは作品を割りと好意的に語ったつもりですが、やはり気になる点もいくつかありました。それを3つほど挙げて説明します。

 1つ目。日常シーンの会話に緩急がない。ミケモカ再開シーンは特にそれが顕著で、互いに一定のリズムで言葉を投げ合っています。相手の言葉を受けて考え込んだり、意表を突かれたりといった表現が見られないので、視聴者としては人間関係の間合いが掴みにくく、キャラ把握の難易度が上がってしまいます。そのせいか2人が抱き合うシーンも、どこかぎこちないように見えてしまう。せっかく吉田玲子さんが脚本を担当なさるのですから、会話の間合いも含めて人間ドラマを作り込んで欲しいなと思います。

 2つ目。劇伴や他の人の台詞に隠れて聞こえにくい台詞が散見されます。原因としてまず「リアルな時間の流れを演出するため」という説が考えられますが、そうなると渾名ネタの最中に撃ってこなかった件が不自然であり、また劇伴に隠れていたケースを説明することが出来ません。狙いが「全ての台詞が視聴者に聞こえるわけではない=視聴者が見ていない間も彼女たちは会話している、という”リアル"を実感させる」ことだとしたら、それはそれで(上述した)会話のテンポ問題とチグハグで違和感を覚えます。音響監督や編集の力不足と見るしかないのか、この演出が今後の話数で効果を発揮するのか。今後も注視していきたい点の1つです。

 3つ目。日常シーンの画に立体感がない。これもミケモカ再開シーンが特に顕著だったと思います。奥行きが無ければキャラとキャラの距離感が掴みづらいので、人間関係や情感を把握しにくい。画に奥行きを持たせるには結構なカロリーが要求されるらしいので、戦艦道シーンにリソースを振るために敢えて日常シーンには平面的な構図を多用したのかもしれません。まあ距離感に関しては、アングルを適度に切り替えれば解消できる問題なのですが、今後の展開によっては会話が繰り広げられている"その瞬間"に距離感を把握させて欲しい場面も出てくると思うんですよ。そういうシーンには思い切ってリソースを注ぎ込んで欲しいですね。艦船だけでなく少女も本作品の主役ですから。

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奥行き繋がりでもう一つ。このシーンを見たとき、明乃ちゃんたちと艦船との縮尺に違和感を覚えたの私だけでしょうか。もっと2人と艦船との距離を空けてアングルを明乃ちゃんたちに寄せた上でグイッとクレーンアップすれば、艦船が整然と並ぶ壮麗な俯瞰絵を見せられると思うのですが……。そうはいかないモノなんですかね。

 

 最後に今後の展望や個人的に欲しい展開を述べて終わろうと思います。

 まず何と言って気になるのが教官の真意ですよね。劇中で何度も示唆されているように教官は意図的に砲撃を外すことで、晴風の叛逆を誘導しています。教官は「穏やかな波は良い船乗りを育てない」と言いましたが、さすがに単なる教育の一環だとしたら熱血指導が過ぎるでしょう。さりとて教官の行動には計画性が無いので、予てより晴風を嵌めるつもりだったとも思えません。というのも、今回の一件を意図的に起こすためには、晴風に何かしらの細工を施して故障させなくてはなりませんが、それを示唆するようなシーンは見当たらないのです*13。つまり教官がその場で晴風を反乱分子に仕立てようと思い至る理由がどこかに隠されているはずなのです。しかし推測しようにも手掛かりがないのでモヤモヤしますよね。憶測や妄想に範囲を広げるなら色々と思う所はありますが、それこそ2chや他のブログで既に散々考察されているのではないでしょうか*14。何にせよ真相が明かされたときに、この1話が「いや、そこまでする必要があったのかな?」と言われるようなシナリオにならないことを祈っています。

 あと晴風クルーの名前を早く覚えたいので、各科にフォーカスした話が欲しいですね。それも○○科回○○ちゃん回といった形式ではなく、戦闘や日常の中で断片的にエピソードを盛り込むような造りの方が個人的には好きです。(それに本作品はシナリオの中軸が謎に包まれているので、それを明かさないまま話を停滞させたら、視聴者が離れる要因になってしまうと思います。)

 例えば「放課後のプレアデス」でキャラクター達がカーテンに包まって会話したシーン*15は、キャラ描写の模範例だと思います。画角を狭めて画面には喋っているキャラだけを映し、会話に合わせてカメラを小気味よくパンさせる演出は、一人一人を覚えさせる上では非常に効果的ですよね。何せ話している本人以外は画面に映らないので、発言内容とキャラの顔を記憶の中で一致させやすいのです。或いは本人の言動だけでなく、他のキャラから掛けられる言葉を以って、キャラを立たせていくのも面白いと思います。この手の表現は我の弱いキャラクターの心理描写には持って来いです。例えば「たまゆら」シリーズの沢渡楓は、まさに人との関わりの中で人間性を描かれたキャラクターですね*16。他には一人一人のパーソナルスペース*17も気になりますし、無意識に出る癖*18を見せてくれると嬉しい。特に後者は既に本作品でも散見される*19ので、今後も期待できそうです。

 とにかく明乃ちゃんたちに関する情報が欲しい*20。でも押し付けがましくない程度に。黙して語るスタイルで明乃ちゃんたちの魅力をそれとなくアピールしてほしい。そして明乃ちゃんたちを好きにさせてほしい。好きにならないと感情移入も儘ならないのです。感情移入できなければ、折角の戦艦道シーンも魅力半減でしょう。

 そして、もし仮に人死や人権の蹂躙といったシリアス展開(の中でも極めて深刻な方向)に舵を切るのならば、趣味嗜好や人となり、アイデンティティの描写だけでは足りません。やるなら徹底的にやらないと浅陋の謗りを免れないでしょう。正直、そこまで攻めるなら1話から相応の布石*21を打たないと厳しいので、さすがに死を絡めてくることは無いと予想しています*22

 ということで。そろそろ疲れてきたので筆を置きます。ああでも、最後に1つだけ。この記事は私にとっての"ベースライン"です。2話以降を見たときに振り返るべき原点の記録。なので正直、これを公開する理由は特に見当たらないのですが……。まー、最終話が終わる頃に、私の期待が悉く裏切られていたり、予想が大外れだったりしたときには、せいぜい笑ってやって下さい。そうやって痛みを共有するのも、立派な愉しみの1つなので。それが「公開した理由」になることでしょう。

 それでは、またいずれ。

 

 

[追記 2016年4月18日]

 最近「少女終末旅行」という漫画の一巻を拝読しまして*23、その中に「はいふり」でも見たい描写を見つけたので、ここに追記しようと思います。これも一応、ベースラインの1つとして扱うため、新記事ではなく追記という形を取りました。まだ2話を拝見していないのでね。

 では早速本題へ。

※「少女終末旅行」のネタバレがあります。

 

 

 

 

 

 まずは百聞は一見に如かずということで、該当するシーンを御覧ください。(台詞は一旦、無視してください。)

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黒髪の方がチト。垂れ目の方がユーリです。終わってしまった世界を2人が旅する、ほのぼのディストピア・ストーリー。それが「少女終末旅行」という作品です。

<画像①とします> 

 見ての通り、2人が協力して段差を登るだけの、何でもない2コマです。でも、その何でもない2コマに、さり気なく描かれた2人の"距離感"。この細やかな描写に私は感嘆しました。その理由は直前の2コマにあります。

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私の言わんとしていることが、お分かり頂けますか。

<画像②とします。>

 ここで2人の会話をざっと確認して下さい。ざっとで良いです。

 ……はい、お気付きの通り、2人は本来①へ至るまでに交わして然るべき会話――例えば「段差が高い。登れそうにないよ。」とか「乗り込むから手伝ってくれ。」といった打ち合わせを一切行っていないのです。位置関係から分かることですが、アイコンタクトすら交わしていません。この2人には、そんなまどろこっしい意思疎通など必要無いのでしょう。ユーはちーちゃんの意図を汲み取って彼女を抱き抱え、そしてちーちゃんはユーを引っ張り上げる。そこに言葉は要らない――それどころか特別、意識する必要すらない。一連の流れを雑談の片手間で行っているのが、その証左です。

 そもそも何故2人は爆撃機の残骸に乗り込んだのか。まず2人が爆撃機を見つけたときの会話を引用しましょう。画像②の直前のコマです。それがこちら。

ユーリ「すごい!飛行機だ。飛んでたのかな。」

チト「昔はね。」

 以上です。紛うことなき単なる雑談です。次の行動に繋がるような要素はどこにも見当たりません。そこで、もう少し遡ってみると2人の狙いが分かります。

(戦車やトラクターなどの兵器の残骸が埋もれている雪原を見て)

ユーリ「ちーちゃんは武器もたないの?」

チト「いらないよ」

ユーリ「たくさんあるのに」

チト「ほとんどゴミでしょ。……でもまあもう少し探索してみようか」

 ~略~

ユーリ「ご飯落ちてないかな」

チト「いや……ごはんは……固形食料ならあるいは……」

  エクスキューズとしては漠然としていますよね。例えば爆撃機の前で「こんなに大きい兵器ならいろいろ積まれているかも。探索してみよう。」などと言わせれば、読者向けの説明としては必要十分でしょう。「いろいろ」を「固形食料」に変えれば、誤解の生じる余地はいよいよ皆無です。しかし、そんなわざとらしい説明台詞では、2人の親密度は全く伝わって来ません。何故なら誤解を恐れるということは、それだけ心の距離が遠いことを意味しているからです。その空漠を言葉で埋めないと、安心してコミュニケーションを取ることが出来ない。裏を返せば、距離が近ければ近いほど、会話から余分な言葉が削ぎ落とされます。晩年の夫婦がボケていても「あれ」「それ」だけで十分に通じ合えるのと似ているかもしれません。だからこそ筆者は、2人の距離感の描写を優先するために、読者への理由付けを最低限に留めたのでしょう。

 そして、ここで2人が”通じ合っている”ことを強調したことが、その後のセンシティブな展開の布石になっています。終末世界、食料と来ればピンと来ますよね。そうです。「略奪」です。詳しくは原作を読んで頂きたいので省きますが、ざっくりと説明しますと、ユーリがチトを銃で牽制しながら、5本入りレーションの最後の一個を勝手に食べてしまうのです。……いや”通じ合っている”とは何だったのかと思われるかもしれませんが、寧ろ事前に2人の親密度を強調していなければ、こういう展開には手を出せません。案の定、ユーリは食べる直前に銃を下げてしまうし、チトは「本気で食いやがった!」と今までの信頼関係を伺わせるような台詞を吐きながら頭突きを繰り出すし、ユーリはチトに殴られて何故か幸せそうに笑っているしで、緊迫感は一瞬で霧散してしまいます。極めつけが殴り疲れてユーリに体を預けたチトの「覚えていろよ……」ですね。2人がここで決裂することなく、これからも一緒に旅を続ける何よりの証拠です。結局、このエピソードを要約すると、食料略奪という死活問題ですら2人の間では茶番劇やじゃれ合いで終わってしまう、というハートフルな結論に落ち着く訳です。これは画像①②などの描写で土台を固めなければ説得力の出ない終わり方だと思います。

 このエピソードから私は「踏み込んだ展開をしたければ、まず人間関係をキッチリ描写しなくてはならない」と学びました。そこで、今まさに"踏み込んだ展開"をしようとしている「ハイスクール・フリート」に話を戻そうと思います。画像①のような「何でもない2コマ」を是非とも、この作品にも期待したいのです。

 ミケモカのハグがあるじゃないかと思われる方もいるでしょうが、個人的にアレを見たときは「今から百合サービス来ますよ!皆さん見ててくださいねー!せーのっ、はい抱擁!」みたいな、押し付けがましさとワザとらしさを感じてしまいました*24。どちらともなく笑い出すのもテンプレートじみた描写で、イマイチ2人だけの関係性が伝わって来ない。もっと(ミケモカに限らず)「この人達だからこそ」と思える特別な描写を、さりげなく入れて欲しいのです。

 それに、画像①に着目した理由は他にもあります。画像①のような描写は、読者がキャラの台詞と行動をほぼ同時に読み取れるような媒体――すなわち漫画かアニメでこそ効果を発揮する仕掛けだからです。小説ではどうしても行動と台詞が分かれてしまうので、台詞を読んだ瞬間には、そのキャラが今どんな行動をしているのかを読者は想像してしまいます。そこに台詞とは何ら関係の無い行動を地の文で描写されても、まずは困惑の方が先に立つでしょう。ノベルゲーでもCGとスクリプトにリソースを割けば可能でしょうが、少なくとも立ち絵とテキストのみでは不可能な演出です。でも「ハイスクール・フリート」はアニメなので、画像①のような描写を漫画よりも真に迫る形で取り入れることも可能なのです。ただ、その分だけ情報量は増えてしまうので、劇伴を控え目にして声優の演技だけに任せる、演出の主役となるキャラ以外は画面に映さない、などの「情報を絞る」工夫は必要不可欠でしょう。そこは監督や絵コンテ、演出の仕事ですね。

 まあ細かい演出はさておき、今後のシナリオに十分な振り幅を確保したければ、まず早い内に人間関係を示して土台を盤石にしなければならない、と私は考えています。「ハイスクール・フリート」は食料奪取ネタとは比べるべくもない、暗澹たるシリアス展開へと舵を切る可能性も否定できませんからね。それでも人間関係を主軸に据えておけば物語が脱線し過ぎることは無いんじゃないかな、と個人的には思うのでした。

 それでは、またいずれ。

*1:原案

*2:脚本

*3:3DCG

*4:本作品の欺瞞作戦については他所で散々語り尽くされていますから、この記事では触れません。悪しからず。

*5:詳しくはガルパン公式同人誌の「ガールズ&パンツァー ミリタリーワークス集」をご確認下さい。

*6:主にミリオタがときめくようなアレ

*7:便宜上、教官が撃ってくる前を日常シーン、後を戦艦道シーンと呼びます。

*8:世間でどう言われているかは知りませんが、個人的にはそう思っています

*9:後々の活躍を見れば「ほざく」という表現の方が正しいような……

*10:そもそも実際の女子高生は私が思うよりもタフで適応能力の高い娘ばかりなのかもしれません。

*11:吉田徹 氏の絵コンテ回。7話は演出も担当されています。

*12:あと3~4話の転換点でキャラを雑に殺す展開も結構です。間に合ってます。

*13:それどころか故障シーンすらない

*14:なので、ここでは深入りしません

*15:2話・Aパート

*16:映画第四部のパンフレットで、サトジュン監督ご本人が沢渡楓のキャラ造形について触れています

*17:ミケモカの抱擁はパーソナルスペース云々というより百合厨へのファンサービス感が露骨過ぎて……うーん。

*18:本音が出やすいとされる足癖が一番ほしい。偉大なるけいおん!シリーズを見習いましょう。

*19:パーカーっ娘のパンチとか。階段を滑り降りた直後にたたらを踏む仕草もよい。

*20:公式サイトに各キャラのプロフィールが掲載されたけど、いやそういうことではなくてね?(それはそれで嬉しいけど)

*21:それとなく主人公の人生観が表出したり、大まかなストーリーラインを暗示するメタファーが仕込まれていたり

*22:というか、公的機関が絡む企画でまどマギ路線をやるとしたら、暗愚を通り越して蛮勇ですよね

*23:この本の感想は気が向いたらtwitterか何かで

*24:……正直、あれはあれで嬉しいんですけどね。